Anime Quester

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青春とは、羽ばたく時を夢みる時間:青い鳥 vs 赤い鳥 ~『リズと青い鳥』『レディ・バード』

リズと青い鳥

一般的な批評については、以前インタビューさせていただいたEABさんこと葛西祝さんが書かれた、上記の記事を読んで下さい。
「これは、アニメなのか?!」と戸惑う程の繊細なカメラワーク、よく動きまわるキャラクター達、今風(あえて「風」とさせて頂きます)の女子高生の会話、主人公2人の力関係に起こる、ちょっとした意表をついた逆転劇。
アニメーションでここまで表現できるんだ……と、愕然としながら見ました。

 が、ほんっとううううに申し訳ないのですが、個人的にはお話に最後までノレませんでした。

おい、みぞれ!!!! 自分の進路くらい、自分で決めろ(まず、将来のことちゃんと考えろ)!!! 大好きな友達との間に、何かわだかまりがあるのなら、大好きなんだったら、うじうじしないで話せよ!!!
主人公だけでなく、部活員含め、現実世界の女子高生にこんなピュアな人間性期待しちゃあきまへんで(いねーわ、こんな女子高生!!!!)……っていう、本当に申し訳ないしょーもない一点で、登場人物に誰一人共感できず、「何かどうでもいい話だなぁ……」と思いながら見てしまいました……。

日本のアニメ作品に重々言われることなので、今更のピンとがズレた反発ではありますが、青春の光と影を描く際に、①恋愛や友情といった人間関係や、②進路が問題点になるのは、全然良いのです。
が、描くにあたって、①異性出してくれ!(舞台が女子高ならではまだしも、『響け!ユーフォニアム』の舞台になってる学校って共学なんでしょ?)、②親出してくれ!(音大進学云々以前に、楽器代等何かとお金が必要な吹奏楽部続けるか否かでモメられるのって、親の支援あってこそじゃん……)で、「主人公みぞれの世界には、あくまで希美との関係と音楽しかなく、映画のラストでせいぜい自分の音楽の才能における自信や、音楽を続ける意志を見出す」という物語的な視野の狭さに、何か、飲み込みづらい反発を覚えてしまった、しょうもないオッサンです……。

とはいえ、物語の軸を、とてもタイトな人間関係にスポットを当てることこそ、あのような繊細なアニメーションが成立する基礎になったのかなと、複雑な気持ちになりました。
あの繊細な演出で、「処女をささげた男が実は遊び人で全然ワタシのこと大事にしてくれなった」みたいな、後述『レディ・バード』に出てくる痛い青春エピソードを見てみたかったのです。アニメーションが素晴らしかっただけに、射程しているドラマの規模の小ささが、何か物足りなかったのでした。

ちなみに、作中で「リズと青い鳥」という作中劇が展開されるパートは、メルヘンな絵本の世界に連れて行ってもらったようで、楽しかったです。


■『レディ・バード

父親は失業中、兄はバークレー出たのに職にありつけずスーパーのレジ打ち、母は夜勤の看護師……って家ながら、周囲が全く見えてなく「私は将来絶対スターになる!おらこんな村イヤだー!!!」とロックな高校生活を送る女の子を、厳しく温かく見守る不器用なお母さんの物語でした。

レディ・バード』とタイトルされてる通り、確かに主人公レディ・バードちゃんこと17歳のクリスティンが、恋愛やら友情やら進路やらに悩む(バカ騒ぎする)お話なのですが、同時に彼女のお母さんの苦悩が鏡合わせで浮き彫りになるというところが、とても素晴らしかったです。

母「あんた、ニューヨーク行きたいって言うけどうちにそんな学費は無いわよ!」「今まであんたを育てたのに幾らかかったと思ってるの!!!」
娘「幾らかかったか教えてよ!! 将来、稼げるようになったら返すから言いなさいよ!!!(メモの準備)」
母「……学校の成績がそんなんで、返せるほどの職業につけると思ってるわけ?!」
娘(悔しさから感極まって、金額をメモしようと思ったメモ帳を投げつけ、リビングから走り去る)

といった描写が、ずっと続くのです。
こうした母娘描写に加え、彼氏とのいざこざや、それに紐づくクラス内カースト(からの同性の親友との微妙なすれ違いと和解)が描写されるので、90分とにかく息つく暇がない!!!

無限の可能性を持った17歳の女の子に対し、可能性を認めつつ、つい心配してしまうお母さんの愛情。終盤、クリスティンがいざニューヨークへ旅立つ当日。空港でつい、素っ気なくクリスティンを下ろしてしまい帰路についた直後、運転しながら思わず泣き出し、クリスティンを追ってお母さんが空港に引き返したシーンで、涙腺が崩壊しました。しかも、急いで空港に戻っても、クリスティンは既にニューヨークへ旅立った直後で、会えなかったというオチ付きです。
クリスティンもクリスティンで、ニューヨークについてから、お母さんの愛情深さに改めて気づき実家に電話をかけると、留守電で繋がらずメッセージを残す……というラスト。
お互いどれほど憎みつつ愛しているのか、最後までわかりあう描写がありません。「この母娘に幸あれ……!(T_T)」と号泣しながら、劇場を後にしました。

劇中、せっかく初めての彼氏!!!と浮かれてた矢先に、彼がゲイだと発覚して、でもこんな田舎町だとゲイであることそれ自体差別の対象になって、……っていうお話も登場します。色んなエピソードを経てゆっくり大人になっていくレディ・バードちゃんと、彼女の「ゆっくり」なスピードを無視して「とにかく立派な大人になってほしい、幸せになってほしい」……と急かしつつ願いつついられないお母さんの間の対立に、深く感動しました。

唯一救いがあるとすれば、今作は監督・脚本を務めたグレタ・ガーウィグの自伝をもとにした映画ということです。グレタ・ガーウィグは、この物語に描かれる17~18歳の年齢からモチロン今は年齢を経て、ハリウッドで華々しい成功を収めております。今作の製作を経て、お母様と、幸せな関係でいてほしいです。

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青春の光と影を描く際、どうあがいても異性や親は入ってくるはずなのに、どうして無かったことにするファンタジーが日本では人気なんだろうか?……と、雑に思いました。SHIROBAKOで、エマちゃんが両親の結婚記念日に湯のみを送るシーンにグッときてしまう個人的エモの観点から、以上どうでもいいレポートでした。

母  「届いたよ湯のみ、いいの?あんな高そうなものを?」

エマ 「いいの。結婚記念日おめでとう。これまで何もしないでごめんね。」

母  「ありがとう。お父さんと二人で大事に使わせてもらうね。あ、もう会社に行く時間だね。夜だとエマいつ仕事がおわるかわからないから、朝電話したの。ごめんね、切るね。」

エマ 「あのね!お母さん。 私、アニメーターで食べていけると思う 。だからもう、心配しないで。」