Anime Quester

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『希望の国のエクソダス』を読んで、なぜ私は村上春樹が好きなのか整理できた、というだけのお話

読書好きな人は、10代のうちに手に取る本が村上龍だった派と村上春樹だった派に分かれると思っていて、私自身は後者だった。周りに村上龍が熱狂的に好きな人がいたのがキッカケで気になり、このたび人生で初めて村上龍希望の国エクソダス』を読んでみた。

読み終えて、「経済談義の間に、主人公と奥さんのそこそこ高級店での月1回の食事の描写が挟まれる、小説って呼んでいいのかよくわからない不思議な文章だなぁ……」と思った。文庫版で読んだのだけど、約400ページのうち恐らく半分近くは、当時の日本経済のトピックだったり、登場人物の1人ポンちゃんが手掛けるビジネスの仕組みの話だったりで、小説を読んだという気がしない。登場人物たちは、「基本的に債権というのは財産なわけね。ロシアみたいにデフォルトされちゃうと話がややこしくなるけど、基本的には、持っていさえばいずれは利益を生むわけでしょ」といった調子で各々の経済論を語り、その長さは時には1ページ以上にもなる。延々と床屋談義に付き合わされている気分である。この落ち着けなさは何だろう、とちょっと考えた末、『シン・ゴジラ』に近い構造だと思った。『シン・ゴジラ』は、ゴジラによる破壊と絶望を描くために、ヤシオリ作戦だの巨災対などを配置して映画の体裁に整えた作品だったが、その経済版(小説版)が『希望の国エクソダス』。主人公は、2002年当時の「日本社会の危機感と適応能力のなさ」であり、中学生の男の子・ポンちゃん率いる中学生集団「ASUNARO」が起業で得た資金を元手に日本から独立するだとか、ふとしたことからその顛末を追いかけることになるフリージャーナリスト・関口だとかは、あくまで「日本社会の危機感と適応能力のなさ」を描く推進剤に過ぎない(ポンちゃんや関口がいなければ、小説ではなく、村上龍の見解を示す社会派エッセイになってしまうからだ)。

村上龍がなぜ「ここまで政治や経済ネタに執拗なのか」と考えた時、世代的に学生運動世代であることは大前提だけど、ロックバンドや劇団経験を経て武蔵野美大に行き着いたという村上龍は、経済の話をきちんとできる人にコンプレックスを持っていたのではないかという、乱暴な直観が頭によぎった(それに対し、同世代かつ早稲田大学にいた村上春樹は、学生運動一色の風潮にイマイチ乗り切れず、アメリカ文学やジャズへ没頭した)。

といって、今作に、私の好きな「今、私は村上春樹の本を読んでいる!!!」と嬉しくなる瞬間(春樹ポイント)が全く無いというわけではなく、むしろ、数でこそは僅かだが素敵なシーンは点在していて、春樹ポイントは低くない。というわけで、春樹派として「本読んだ時間返せコラァァアア!!!!」と叫びたいほどの不満さはなかった。例えば、関口には離婚したパートナー・由美子がいて、由美子は一度堕胎を経験した。2人は、今は将来については考えず、さっぱりとした同棲をしている。で、月に一度、そこそこの高級店で一緒に食事をするのが、2人の間では暗黙のルールになっている。将来に対し焦燥感すら失ってしまった関口が、時々由美子が内面を吐露する場面に出くわすも、何もできない描写が良い。2人で一緒に懐石料理を食べたシーン。

「きっと懐石料理って、わたしはひどく憂鬱な人が作り上げたもんだと思うんだけど。……喪失感だけがあって、大勢ではしゃぐような気分にはもう永遠になることはないってわかっているような人だけどね。……」
そういうとき由美子は四年前の堕胎のことを思い出しているのだろうかと思った。喪失感、と由美子は言った。なぜか懐かしく感じられる言葉だった。箪笥の奥にしまっておいた思い出の品が急に目の前に出てきたような感じだった。

はい、春樹ポイントが発生しました。(春樹ポイントって、春樹以外の小説の満足度を図るものとして使ってしまってよいのでしょうか?)
以上の発言はじめ、懐石料理に対する描写は素晴らしかった。

「その人は一人か、ごく親しい人と二人で最高級の懐石料理を食べるんだって言ってたな。最高級の懐石は、喪失感を和らげてくれるんだって。わたしはそういう懐石を食べたことがないからわからないけど、何となく理解できるよね。かけがえのない大切な人を失ったときの悲しみというのは、他の人では埋められなくて、何か美しいものだけがその時間を埋めてくれるものだ、みたいなことをその人は言ってたんだけどね」

満たされない心を、他人との交流や建設的な活動(例えば仕事に全力を尽くすとか身体を動かすとか)ではなく、美しいものによってでしか満たせない人のために作られた美しさが、春樹ポイントの源泉である。さらに言えば、心が満たされてしまった場合、ポイントは発生しない。「こんな料理じゃなく、何か美しいものが欲しい」という苛立ちや、せっかく美しいものにありつけてたとしても「なお満たされない、どうしてだろう」という虚しさを訴える描写に対し、私の春樹ポイントは発生する。ということを、『希望の国エクソダス』を読んで気が付いたという、どうでもいいお話でしたw

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