Anime Quester

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諦めた人への優しい眼差し:『コングレス未来学会議』(2013)

今のうちに名作見ておくぞシリーズ第一弾。見ておりませんでした……という恥ずかしさはありつつ、見れて良かった!!!! ハリウッド経済圏を痛烈に批判しつつ、とはいえ仮想世界へ逃げ込む人間を糾弾しないという、不思議なバランスの作品でした。(『レディ・プレイヤー1』の「ゲームも良いけど現実に帰れ!」一点張りの落としどころに比べ、5年前の作品にも関わらず、新鮮さを感じました。)

2014年、俳優の絶頂期の容姿をスキャンし、そのデジタルデータを映画会社が好きなように使って映像を作り出すというビジネスが誕生。40歳を超え、女優としてのピークは過ぎ去ってしまったロビン・ライトロビン・ライト)は、子供たちのためにある決断をする。彼女は大金を得る代わりに、最後の仕事として新ビジネスの申し出を受けるが……。

 【序】落ち目の女優ロビンは、難病の息子の治療代を捻出するため、映画会社ミラマウント社に、自分のCG化権を売り渡してしまう。
【破】それから20年後、ミラマウント社から「未来学会議」への出席を求められたロビン。ミラマウント社は、映画をさらにアップデートさせ、「一度吸えば、好きな世界に、なりたい形で存在する夢を見続けることができる」という、究極の娯楽商品を発表する。発表会のさなか、ミラマウント社へ反抗するテロリストが起こした騒動に巻き込まれ、ロビンは昏睡してしまう。
【急】さらに20年後に目覚めたロビン。外の世界は、ミラマウント社の薬漬けになった廃人が溢れる状態になっていた。息子を探すと、息子は19年間母親を待ち続けるも、つい半年前に薬の世界へ旅立ったことが判明する。ミラマウントの薬を飲んだロビンは、夢の世界で息子になって息子の記憶をトレースしたことを経て、彼と再会を果たす。

f:id:ladyrossa76:20180627013652j:plainこの手の「現実か、仮想現実か?」選択モノは、結末は大抵2択なので、今作と同じ終り方をする作品は沢山ありそうですが、それでもなぜ新鮮に感じたかと言うと、理由の1つは、大女優でありつつ難病の子どもを持つ女性っていう設定が、ユニークだったからです。

一歩引いた目線で見れば、「芸能人にだって、自由や人権はあるわ!!」と訴えてくるロビンに対し、「いや、CG化があろうとなかろうと、プライベートの代わりに巨額を得るのが芸能人なんだから、文句言うなよ……」と思わないでもなかったです。が、俳優のCG化、ミラマウント・ホテルが所在する「アニメーション特化地区(だったっけ?)」の狂ったビジョン、外の世界で大量にさまよう薬漬けゾンビの群衆……と、私たち観客自身も体験したことのない未知の世界に直面するなか、状況に戸惑い、ひたすら息子を探すロビンに、つい感情移入してしまいました。

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ラストにて、ロビンがミラマウントの薬を飲むのを選ぶ理由(「息子のアバターになって、息子の記憶を辿っていけば、息子に会えるに違いない」)の悲しさに加え、そうして再会できたところで、その息子は、ロビンの夢の中にしか存在しないただの幻。死ぬまで甘美な夢に閉じこもるという、いわば緩やかな自殺を選ぶほど、現実に失望し追い詰められたロビンの悲しみが、とても痛々しかったです。また、この映画では描かれない、多くのゾンビたちも、それぞれ多かれ少なかれ現実に失望したからミラマウント社の薬を飲んだということでしょう。

※映画では説明なかった気がするのですが、「ミラマウントの薬は、1回飲むと廃人になってしまい、現実に戻れなくなる」という解釈であってますでしょうか?そうじゃなければ、ロビンは現実世界のどこかでトリップ中の息子を探し出し、叩き起こせばいいだけなので……。

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作中、人間らしい職業倫理を彼方に押しやって動き続ける、巨大なハリウッド産業(および、そのことに違和感を覚えない享楽的な消費者たち)への憤りは、きちんと描かれます。ミラマウント社の商品発表会のステージに立ったロビンは、「皆さん、目を覚まして!」と必死のスピーチをします。また、ミラマウント社の商品発表から約20年、薬がシェアを拡大し続けても、ロビンの息子は、難病と戦いながら母を待ち続けます。だけど、1個人が巨大なシステム相手に戦い続けることは苦しく、息子はとうとう諦めて薬を飲み、戻ってきた母親も追って服薬します。これがもし『マトリックス』ならば、ここからがミラマウント社へ反逆開始!と景気よく打ち上げるところですが、ハリウッド式のテンプレ展開にはせず、諦めることを選択した人を静かに肯定する着地に、新鮮みかつ真摯さを感じました。思えば、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』ラストの余韻に近いかもしれませんね。

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また、アリ・フォルマン監督は、アニメ専門の監督ではないために、アニメーションを使う必然性があるからアニメーションを使ったんだという、アニメに対する自由さを感じられて素晴らしかったです。