Anime Quester

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夏アニメエクスプロイテーション映画:『未来のミライ』

個人的には、面白かった。
主人公である4歳児くんちゃんの、ちょっとした仕草や、わがままっぷりがとっても魅力的(「好きくない!」を連発しながら駄々をこねまくるムカつきが堪らない!)。
4歳児が、補助輪なしの自転車にチャレンジしたり、お気に入りのズボンが無いと言って癇癪を起したり……といっただけのアニメを、とびっきりの作画で見られるのである。
そこに魅せられながら見ていたので、「くんちゃんが遭遇した、家族にまつわる不思議な出来事のスケッチ」という短編が4作続くような構成も、苦にはならなかった。
例えて言うなら、親戚の子どもをある日の午後だけ預かった時のような、くたびれたけど元気をもらったような気分で劇場を後にした。

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しかし、ネットを見ていると、なかなか評判が悪い。
「くんちゃんの描写がリアルで不快」「お話に起承転結が無い」「芸能人を起用したおかげで声があっていない」「タイトル詐欺」などの不満が並ぶ。
映画界の食べログ(と勝手に思っている)Yahoo!映画で、2.48点/5点(7/22時点)。また、Yahoo!映画よりも、アプリをダウンロードする手間がかかるぶん映画好きが集まっている(と思われる)Filmarksでも、3.1点/5点。それぞれの媒体で、細田守の歴代アニメ作品の中で最低の評価となってしまっている(ちなみに、最高評価になっているのは、Yahoo!映画では『サマーウォーズ』4.17点、Filmarksでは『デジモンアドベンチャーぼくらのウォーゲーム!』『時をかける少女』が同率4点)。

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この低評価、わからなくもない。
ハードル①:主人公を4歳児くんちゃんにしてしまったおかげで、ネットに感想をアップすることができる私たち「物心ついた鑑賞者」の殆どは、感情移入が不可能になっていること。(同じく幼児を主人公にした作品でも、例えば『クレヨンしんちゃん』のように、大人への批判?反発?を込めたキャラクター造形というわけではない。)

「映画の主人公は、観る人が感情移入できるようなキャラクターでなければいけない」という法則は無いので、そのこと自体は問題ない。
……と譲るとして、次に立ちはだかるのは、

ハードル②:「短編×4本」とも言える構成なうえに、各短編の内容に明確な起承転結や相互の関係性が薄いため、先行きがわからない映像を延々と見せられている感覚になること。

思い出そう。世の中には、先行きがもっとわからない映画も沢山ある!たとえ主人公にも物語にも「?」でも、描かれる作中世界が素敵であれば、それだけで幸せな気分になれるものだ。
……と譲るとして、また次に立ちはだかるのは、

ハードル③:くんちゃん一家の設定が、見る人が見れば鼻につく、インテリの富裕層であること。
横浜郊外に一軒家を構え、旦那さんはフリーランスになりたての建築家、奥さんは編集者、奥さんの両親がたびたび家を訪れて育児を手伝ってくれるような家族。ひいおじいちゃんのお話(第二次世界大戦の特攻に参加したのを偶然生き延びた人)が語り継がれるような、しっかりした家系である。
どうでもいいディテールだが、映画の後半で、お母さんとおばあちゃんの母娘が造作なく食べているケーキは、「ゼリーのイエ」という、お取り寄せ困難な人気スイーツらしい(参考:ゼリーのイエ 変えない - Google 検索)。

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……うーん。『アイアンマン』だって、富裕層も富裕層の社長が、ハイパーテクノロジーな自作スーツを纏って暴れまくる映画だったし、とかなんとか。
設定も構成もどうであれ、伝えたいメッセージが心に刺さるものならば、良いのではないか?

 

ここで、唐突だが細田守監督のインタビューより抜粋。今作の舞台が「横浜市磯子」である理由を語る箇所。

今回の映画で、新たな家族像を見つめようと考えた時に、やはり戦後の日本の歴史を経た上で、今この現在へと辿り着いていることを示す必要があり、磯子はその時代の変化を刻みこんだ象徴的な土地だったんですね。

つまり、今作で監督が伝えたかったことの1つに、「戦争や戦後を頑張って生き抜いた先祖がいたおかげで僕たちが生きているのだから、僕たちも頑張ろう!」というメッセージが入っているのだ。何て保守的なんだろう!

 

脚本や設定やメッセージだけが、映画ではない。くんちゃんの作画、庭の樫の木を中心に詩的にジャンプする時空間、凝った美術設定など、楽しめる要素は幾らでもある。
それなのに、今作が低評価になってしまっている理由は、ひとえに興行規模(と、それに基づく企画のコンセプト)のせいだろう。ジブリの記憶、或いは東映まんが祭りからの記憶に引きずられ、興行する側にも観客側にも「毎年、夏はアニメ大作がヒットする!」という期待が、満ちてしまっている。恐らく課されているであろう「『バケモノの子』以上、つまり400万人以上の観客の心に訴える物語を作れ」というミッションに際し、理論派の細田守監督は、「戦後の日本人」という、当て嵌まってはいるんだけれど、それゆえボンヤリと的を射ない要素を持ち出してしまった。的を射ないメッセージと、監督個人のフェティッシュが詰まったディテール。間違いなく「真夏の大興行」には向かない作品である。


映画の粗筋に立ち返ると、詰まるところ「エリート一家の長男が、両親の愛を1人占めしたいという我儘を捨て、妹の兄であるという社会的立場をわきまえるまでのお話」とも言える。こんな体制的な話を、エンターテイメントとしてスッと飲み込める人、あんまりいないだろう……。子どもがお昼寝の間に見た夢という体で、「不思議な夢を見て少し成長したくんちゃんが、ミライちゃんを妹として受け入れようになった」という、1時間くらいの小品で見てみたかった。

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